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ヤゴル

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ヤゴルという名のひ弱な男の子が、たいそう意地の悪い継母に育てられていました。この子は、冷酷な継母のせいで、まるで寒い凶作の年のようにおなかをすかせ凍えていますが、父親はこの継母によっていろいろな薬草で毒されていたため、息子の面倒をみることが出来ません。
 しばらくの間は耐えに耐えていましたけれど、まだ幼い子供でしたので、いつの日か彼の小さな心は悲しみでいっぱいになりました。かわいそうなヤゴルは納屋へ行き、うつ伏せになって藁(わら)に顔を押し付け激しく泣くのです。「どうすればいいの、どこにいけばいいの?惨めだよ・・・。」ちょうどその時、藁の中をカサコソと動く、ねずみのような物音が聞こえます。それがヤゴルの耳元まで来て囁きました。「泣かないで、ヤゴルくん。何も心配することはないよ。僕たち三人がここにいて、君の助けになるからね!」
 ヤゴルは顔を上げ、納屋の中を見回します。けれど、その納屋には、ヤゴルの本当のお母さんが可愛がって餌をあげていた乳牛さんと茶色っぽい雌ヤギさんが、さっきまでと同じように、飼い葉おけにつながれているだけでした。そして、そのほかには誰もいませんでした。
「何か言った?」ヤゴルが牛さんに聞きます。
「いいえ。」と牛さんが答えます。
「じゃあ、君かい?」と茶色のヤギさんに言います。
「私も言ってませんよ。」ヤギさんが答えます。
「じゃあ一体誰なの、それに、君たち二人しかいないのに、どうして三人って言うんだい?」
「あれは、バガンが言ったのよ。私たちは彼も含めて三人なの。そしてバガンが最年長なのよ。」と牛さんが答えます。
「バガンはどこへ行ったの?」
「藁の束の中にいるわ。」
「この納屋の中のどこの藁の束だい?」ヤゴルが再び尋ねます。
「あそこ、納屋の右の隅に、輪に編まれた藁の束が窓の下にあるでしょ。」と牛さんが答えます。
「バガンはいつからそこに住んでるの?」ヤゴルが尋ねます。
「五十年前からよ。」
「誰がバガンをそこに置いたの?」
「あなたのおじいさんがこの納屋を建てて藁を編んだときに置いたのよ。」牛さんが言います。
「なぜ僕のおじいさんは藁の束を編んで輪にしたの?」
「バガンをおびき寄せるためよ。バガンはそこに住み着いて以来、納屋の中の宝物を守ってきたの。そして納屋と小屋の中の全ての物をね。あなたの土地で何が起きようと、バガンなしでは始まらないのよ。」
 牛さんがこう言ったとき、ヤゴルは納屋の中を見回しました。そして、彼のおじいさん、バガン、輪に編まれた藁の束のことを思い、心の中にそこはかとなく喜びを感じるのでした。
 さらに牛さんは続けます。
「私の言うことをよく聞いて、飼い葉おけを作りなさい。ほんの手の平ほどの幅で、親指ぐらいの高さにして。誰にも知られないように、私たちの飼い葉おけの下に置くの。そして、晩ご飯の時は、私たちにまぐさを盛って、さらに一握りをバガンの飼い葉おけにも入れてね。藁で私たちの寝床を作るときは、バガンにも同じことをしてあげること。おやりなさい、そして何事も恐れちゃだめ。」

参考:飼い葉おけ(まぐさおけ)を写真で見る

 ヤゴルは牛さんの言うことを聞き、飼い葉おけを作って言われたとおりにそれを据え、バガンのためにまぐさと寝床にする藁を置きました。その日から、納屋の中でヤゴルは食べ物と庇護を受けました。彼は夜をそこで過ごし、身を隠しました。牛さん とヤギさんとバガンは、誰にも言いませんでした。もしも夜風が強ければ、バガンは藁を風が入りこむ隙間に詰めて、ヤゴルが納屋の中で暖かく過ごせるようにしました。 そして、朝、継母が牛とヤギの乳搾りに来た時は、乳を全部出さず、半分ぐらい出すだけにして、残りの半分はヤゴルのためにとっておきました。
 ヤゴルはまるで森の木のように成長し始めました。あんな継母を持つ子供が一体どうしたらあのように成長するのか、誰もが不思議に思いました。継母は、この子を苦しめることが出来ないとわかると、腹を立てイライラしています。彼女は、日夜考えに考え続け、ついに何かを思いつきました。ある日、夫が草刈りに行こうとしていた時、継母は、「私の英雄さん、お弁当を持っていかないでくださいな。真昼になったら子供に届けさせますから。」 と言いました。
 夫は彼女の言うことを聞き、大鎌を持って畑へ行きます。真昼が来て、継母はシチューを作り、パンを焼き、バスケットに入れました。そしてヤゴルに、「ほら、バスケットはここだよ。お弁当をお父さんに持っていっておやり。」 と言いつけました。
 ヤゴルは出かけ、継母はポーチへ出て、子供が行く様子を見張っています。
 継母には、彼に一体何が起こるのか、そして灼熱の昼下がりに誰の餌食になるのか分かっていました。
 熱い日差しが照りつけていました。太陽から身を隠すために、草はお互いの下に隠れ、あらゆる生き物が木の茂みやイバラの陰に逃げました。ヤゴルは一人、牧場の道を行きます。日陰はどこにもなく、空気がまるで金色の水のように目の前をゆらゆらと踊ります。
 ヤゴルが畑に来たとき、ポルドニツァ婆さんが、穴ぐらの柵の側にこっそりかがんでいました。この婆さんは、真昼だけ穴から出てきて、まるで蛇のように夏の暑さを好み、トゲのついた草で人を叩こうと狙っているので、そう呼ばれているのです。
 気付きました、ああ、ポルドニツァ婆さんがヤゴルに気が付きました。婆さんはトゲのある草を素早くかき集め、ヤゴルの後を追いました。婆さんの足音は聞こえませんし、影も見えません。婆さんは道でヤゴルを捕まえると、ギラギラした太陽の下で、ヤゴルの頭の後ろをトゲのある草で叩きました。この 子供は、目の前が真っ暗になり、道に倒れて気を失います。婆さんは、瓶を取り上げ、シチューをすすり、一滴残らず平らげます。次に、パンを取り、ゴクリと飲み込み、すべて平らげます。そうして婆さんは、ヤゴルをまるで袋のように肩から担ぎ上げ、隠れ家へと引きずって行きます。
 継母はすべてをポーチから見ており、「よし、これでもうあの子は帰ってこない。」と両手をすり合わせながら言いました。ポルドニツァ婆さんは、地の下でヤゴルを引きずって暗い廊下を通り抜け、不気味な光と熱がどこからともなく入りこむ場所に来ました。婆さんは立ち止まり、ヤゴルに向かってフクロウのようにホーホーと息を吹きかけると、ヤゴルは気を取り戻しました。
 婆さんはこの子供の手を引き、前へ前へと進み、地下の広い場所に出ました。そこはまるで穀粒だらけの広大な地面のようで、頭上には焼きレンガで造られた天井が大きな傘のようにかかっています。地面のまわりにはかまどがありました。赤い炎がごうごうと燃え立つ赤いかまどが六つと、黄色い炎が燃え立つ黄色いかまどが六つ。地面は、かまどで働く召使いたちの走り回る足で踏み均されて平たく固くなっています。彼らは、赤いかまどの中で羊の肉を焼き、黄色いかまどではパンを焼いています。すべてはポルドニツァ婆さんの一回分の食事なのでした。
 その熱気の中では誰も息をつくことすら出来ません。のどが焼けてしまうからです。しかし、婆さんはヤゴルにホーホーと息を吹きかけましたよね、それでヤゴルはこんな熱の中でも大丈夫でした。この不思議な光景を見たとき、ヤゴルは「うわぁ。」と声をもらしました。
「怖がらなくてもいいんだよ!」とポルドニツァ婆さんが答えました。
「怖がっているんじゃありません。これ全部すごく大きくてびっくりしたんです。このオーブン一つをとっても、僕んちの小屋と納屋をあわせたのよりも大きいんだもの。」
 ポルドニツァ婆さんが声をあげて笑うと、婆さんの鼻は曲がり、あごは鼻に向かって上を向き、口は顔の中にさらに深く落ち窪むのでした。
 婆さんがヤゴルを連れてその地面を横切り、もう一つ穴をくぐり抜けると、地下のものすごく大きな囲いのような場所に出ました。頭上は赤土の天井で覆われています。その囲いの中には赤い毛の羊たちがひしめいており、どれも特大の雄牛ぐらい大きいのです。
 この羊たちを見たとき、ヤゴルは「うわぁ。」と声をもらしました。
「怖がらなくてもいいんだよ。」とポルドニツァ婆さんが言います。
「怖がっているんじゃありません。羊たちがあまりに大きくてびっくりしたんです。この羊一匹をとっても、僕んちの雌牛とヤギをあわせたのよりも大きいんだもの。」
 ポルドニツァ婆さんが笑ったので、その顔がますます醜く見えました。婆さんはヤゴルを連れて囲いを横切り、羊たちを囲いの外へ放しました。羊たちは三番目の穴へ飛びこみました。そこは地下のトンネルで、急な上がり坂になっていましたが、婆さんはヤゴルと一緒に羊たちの後に続きました。長いことかかってそのトンネルを抜け、婆さんの隠れ家の別の入り口の外に出ました。そして石灰石に覆われた広野の上にやってきました。地面の両端には崖がそびえ立ち、残りの両端には鉄の板が立っていましたので、ポルドニツァ婆さんの隠れ家に続くトンネル以外には、どこからも出入り出来ない場所でした。
 その地面は平たくて、四方はふさがれており、何かの植物に覆われていました。それぞれの葉っぱは、大きな畑を三つつないだぐらいに巨大で力強く、太陽に照り付けられて銅のように輝いています。太陽が地面の岩石と土を焦がし、その盆地はとても熱くて、生き物たちは喉が焼け付くために息も出来ません。 なのに、ヤゴルにはちっとも熱く感じられないのです。でも、びっくりしてこう言いました。
「うわぁ!」
「怖がることはないさ。」とポルドニツァ婆さんが言います。
「怖がっているんじゃありません。これ全部あんまり大きくてびっくりしたんです。この葉っぱ一枚をとっても、僕んちの畑と庭をあわせたのよりも大きいんだもの。」
 ポルドニツァ婆さんが再び笑ったので、その顔はこの太陽の下の誰にも比べられないほど醜く見えました。
「お前さんが気に入ったよ。」と婆さんが言いました。
「羊の見張り番が必要だから、 あんたにやってもらう。ここにすわって、羊たちを見張りな。気を付けて私のいうことをよくお聞き、さもないと、ヘマをやらかした時お前の身にひどいことが起こるからね。」
 婆さんはそう言うと隠れ家の中に消え去りました。ヤゴルは、岩と鉄に囲まれたその巨大な盆地にひとり残されました。大きな羊たちがそこらじゅうに群がっています。羊たちは頭を下げてその不思議な植物を食べていますが、銅のように輝く大きな葉っぱを一枚ずつかじるときに、頭のまわりで炎が散っています。
 ヤゴルは大きな鉄壁の下の石の上にすわり、その不気味な光景を見つめました。見たものすべてがヤゴルの小さな心を固めてしまい、泣くことすら出来ません。ただ一つのことだけが頭の中をぐるぐると回っています。継母がヤゴルから取り上げた大事なものたちがどんなに小さくていとおしく、そしてポルドニツァ婆さんがヤゴルを陥れたこの邪悪な場所がなんと大きくてひどいものか。